量子再生医工学研究チーム 量子科学技術研究開発機構 量子生命科学研究所 量子生命医工グループ

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研究紹介

量子技術により再生医学の技術革新を目指す

 再生医工学分野において、再生細胞を生み出す一般的な分化誘導法は発生学に倣い、再生因子の添加濃度、順序、反応時間を再現しています。しかし、実際の生体内での分化過程で変化する細胞状態を大きく反映する物理化学的パラメーター(温度、pH、ラジカルなど)の情報は極めて不足しており、複雑な機能を発揮する細胞種の分化誘導法の確立の大きな妨げになっています。

 また、再生医療においては、幹細胞や再生細胞の細胞状態の違いが、再生機能発現に大きく影響することが懸念されていますが、実体は未だつかめていません。当チームではナノ量子センサなどの量子技術を再生医工学に応用し、細胞の物理化学的パラメーターを計測することで、幹細胞や再生細胞の移植前の品質管理や移植後の生体内環境・組織・臓器において診断するための技術創製に取り組みます。これにより、生体内外での幹細胞や再生細胞の細胞状態の理解を深めるとともに、再生医学・発生学分野への貢献を目指します。

ナノ量子センサー開発と幹細胞・再生細胞の生体内観察・診断への応用

 温度、pH、ラジカルなどといった「物理化学的パラメーター量」の計測は、細胞内外で起こる生命現象の理解に重要でありこれまでに実現できていない疾病の診断や治療法の開発、再生医療の細胞品質管理など応用展開に期待が寄せられています。特に、単一細胞レベル(個々の細胞を区別した状態での計測)の高い解像度において、これらの物理化学的パラメーター量の変動を検知できれば、がんの超早期診断や、再生医療で重要となる細胞状態・機能評価方法の創出に繋がると期待されます。例えば、炎症時には、細胞温度や細胞外pHの上昇が関係することが知られており、単一細胞解像度での計測を可能にすれば、細胞集団や組織中に混在する異常細胞の検知を実現できるかもしれません。

 こうした着眼点のもと、我々は「蛍光性ナノダイヤモンド(FNDs)」と呼ばれるナノ量子センサを用いた幹細胞の単一細胞温度計測システムを構築しました。検証の結果、細胞内に取り込まれたFNDsは細胞内温度の正確な計測に有用であり、かつ細胞生存率を低下させないこと、再生因子(e.g. HGF, TGF-β1)の分泌を阻害しないことを見いだしました。つまり、本システムにより幹細胞状態や機能発現に影響を及ぼすことなく細胞温度計測が可能であることを示しました。また、このシステムよる観察を通じて、新たに幹細胞機能が培養温度と相関することを明らかにしました。さらに、これらの技術を生体内モニタリングに応用することが今後の重要な課題です。そこで共同研究者である藤原先生の研究グループ(岡山大学)では、最もシンプルな構造をもつ多細胞の代表的モデル動物である「線虫」を用い、個体内部における温度計測可能なシステムの開発に成功しました。

参考資料

近赤外ナノ量子センサー開発と生体内深部イメージング診断・治療への応用

 再生医療においては、幹細胞そのものの機能評価に加えて、そこから分化して得られる再生細胞を生体内に移植した後も、継続的なモニタリングが安全面、治療効果の面で重要となります。蛍光性ナノダイヤモンドFNDsにおける検証と並行し、生体内で有効となる近赤外蛍光プローブとして実績を有する「近赤外量子ドット (QDs)」の再生医療応用も進めてきました。

 我々は、独自に幹細胞ラベリング用に超低毒性QDs「FluclairTM」試薬の開発に成功し、既に製品化しております。QDs組成の多様性を生かし、様々な蛍光波長域を有するQDsの合成に成功しており、更なる製品化を進めていく予定です。特に、生体透過性が高い近赤外領域(700~900 nm付近)にて強い蛍光を示す低毒性QDsを用いることで、生体深部での非侵襲観察が更に容易となります。移植幹細胞、再生細胞、再生オルガノイドなどの長期に渡る定量的な動態解析への応用など、様々な用途で生体内リアルタイム観察への展開を目指しています。

参考資料

ナノ量子センサー生体内脳内細胞活動ライブイメージングによる脳神経疾患再生医療へ応用

 人々の「こころ」、そして「社会生活」の基盤となる最も大事な器官の一つが「脳」です。その動作原理を解明すべく、心理学から精神医学まで広く研究がなされてきましたが、その複雑なメカニズムは未だ多くが不明で、例えば統合失調症やPTSDなど様々な精神疾患では決定的治療法が確立できておりません。一方、事故や脳卒中などで脳に障害が出た場合においてはその治療にむけては、上記の「再生医療技術」への期待も高く、その実現にむけた更なる研究基盤の開発が鍵となります。人生100年時代と言われる中、これらは喫緊の課題と言えます。

 我々は脳のミクロレベルの詳細な出来事を記録する「2光子イメージング技術」を元に、我々ヒトとおなじ哺乳類のモデル動物である「マウス」を用いた生体脳のライブ観察に関する様々な技術を開発し、「こころ」の問題に取り組んできました。また、生体脳内に挿入可能なセンシングデバイスなどの開発を進めることで、あらたな物理指標の計測を実現し、まだ誰も調べることが出来なかった脳に潜む様々な現象の観察を可能にして参りました。

 そして現在では、こうした古典的量子である「光」を元にしたイメージング技術に加え、in vivoナノ量子イメージングにおける新たなプラットフォームの確立を目指しております。上記のようなイメージング技術に量子センサーを導入するための新たな技術の開発を通じた新たな「こころ」のメカニズムの解明、再生医療への応用にむけた脳オルガノイドにおける観察技術の開発、更には他の様々な臓器への展開を推進し、人生100年時代を支える基盤技術の開発を展開して参ります。

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ナノ量子センサーとマイクロ流体の融合による細胞計測・操作技術の創出と量子生命科学応用

 ナノ量子センサーを用いた「物理化学量」の計測技術は目覚ましい発展を遂げつつあり、さらなる基礎生物学の研究や医用応用への展開が期待されます。しかし、現状では、培養ディッシュ上の適した細胞を選んである時点を切り取って計測しているため、計測の継時性やスループット性、再現性の課題があります。加えて、培養ディッシュは実際の生体環境と程遠く、細胞の活動を正しく計測するには生体環境に近い空間サイズや化学環境を提供することができる空間が必要になります。マイクロ流体技術はチップ上に創製した微小な空間を使うことで、空間的・化学的な環境の制御や単一細胞マニピュレーションによる整列化などを行うことができます。また、マイクロ流体の微小性や流体ネットワークを活用して、チップ上に臓器や組織のモデルを創り出す研究も進展しています。上述のようなマイクロ流体の特徴を活用したオンチップの細胞計測空間を構築することで、医用応用を志向した継時性やスループット性、再現性を高めた物理化学量計測技術の確立、および生体環境を模倣したモデル計測への展開を目指して、技術開発を進めています。

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